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東京地方裁判所 平成4年(ワ)9585号 判決

原告

島田メリヤスこと

島田昌幸

右訴訟代理人弁護士

山田洋史

被告

福島俊子

國府くに江

右両名訴訟代理人弁護士

瀬古宜春

髙岡香

主文

一  被告福島俊子は、原告に対し、金八二三万三二三八円及びこれに対する平成四年七月三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告福島俊子に対するその余の請求及び被告國府くに江に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の一〇分の四と被告福島俊子に生じた費用を同被告の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告國府くに江に生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、連帯して金二一七五万〇四七六円及びこれに対する平成四年七月三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、肌着の卸販売等を業とする原告が、被告らとの間で、女性用特大サイズの下着をメーカーに注文生産させた上、売り渡す旨の契約を締結したのに、被告らがこれを一方的に破棄したと主張して、①主位的には、右契約は売買契約であり、被告らの受領拒絶が明白であるとして、訴状により右契約を解除した上、損害賠償を求め、②予備的には、右契約は売買と請負の混合した製造物供給契約であるとして、民法六四一条により被告らの解除に伴う損害賠償を求めた事件である。

一  争いのない事実

1  原告は、島田メリヤスの商号でメリヤス肌着、ランジェリー等の仕入れ、卸販売業を営む者である。

2  平成三年五月二四日、被告らは、連れ立って原告の店舗に来店し、それ以来、女性用の特大サイズの下着につき、被告らの求める素材、型、大きさ、色のものを原告がメーカーに注文して試作の上、生産させ、これを納品し、被告側が販売するという計画の下、ブラジャー、キャミソール、キュロット及びショーツの試作品の作成を繰り返し、頻繁に打ち合わせを行った。ところが、平成四年一月一三日、被告らは、原告宅を訪れ、作業の打切りを申し入れた。

二  争点

1  原告と被告らとの間に下着の売買契約、又は下着の製作の請負と売買との混合契約(製造物供給契約)が成立したか否か。

(原告の主張)

(一) 原告と被告らとは、平成三年一一月から平成四年一月にかけて、次のとおり売買契約を締結した。

(1) 平成三年一一月三〇日、ブラジャー四六〇〇枚、価格二〇七〇万円(単価四五〇〇円)

(2) 同年一二月三日、キャミソール四六〇〇枚、価格一七四八万円(単価三八〇〇円)

(3) 同月一四日、キュロット二〇〇〇枚、価格六〇〇万円(単価三〇〇〇円)

(4) 平成四年一月一〇日ころ、ショーツ二〇〇〇枚、価格二五八万円(単価一二九〇円)

(二) (予備的に)原告と被告らとは、平成三年五月二四日、又は同年七月一九日ころ、ブラジャー等の製作を目的とする請負契約と、製作した下着の売買契約を包含した製造物供給契約を締結した。

(被告らの主張)

(一) 原告と契約締結交渉をした当事者は、被告福島のみであって、被告國府はその手伝いをしただけである。

(二) 原告と被告福島との間には、売買契約も製造物供給契約も成立していない。原告と被告福島との間に成立したといえるのは、ブラジャー等の型見本の作成についての請負契約のみであるが、型見本はついに完成しないまま、平成四年一月一三日、合意解除された。

2  損害額

第三  争点に対する判断

一  本件の事実経過

証拠(原告本人、被告福島本人及び被告國府本人の各供述並びに証人島田眞澄の証言。書証については各項に掲げる。)によれば、以下の事実が認められる。

1  被告福島は、下着の販売については全くの素人であったが、自分の体型に合う下着を買うのに苦労した経験から、女性用の特大サイズの下着の販売を始めることを計画し、友人の被告國府がこれに協力することになった。被告らは、平成三年四月二日以降、被告福島宅で相談をしたり、デパート等を回って既製の下着を研究したが、被告らの意に沿うものは見当たらず、注文生産したものを販売する方針を採ることにした。〔乙二、三、四〕

2  平成三年五月二四日、被告らは、馬喰横山町の問屋街を一軒ずつ訪ねて、下着の注文生産を引き受けてくれるところを探した。素人お断りとの店が多かったが、原告の店舗を訪れた際、原告は、被告らの話を聞いてくれた。被告らは、特大サイズの女性用下着(ブラジャー、キャミソール、キュロット及びショーツ。以下「ブラジャー等」という。)を販売する店を開く計画を持っており、製造を引き受けてくれるところを探していることなどを述べたところ、原告は、自分は卸販売業であるが、取引先のメーカーに注文生産した上で、売り渡すことはできる旨答えた。そこで、被告らは、できるだけ被告らの要求に近いサンプル品を持参して再度原告店舗を訪問することにした。〔甲一の二、二一、乙二、三、四〕

3  平成三年六月一日、被告らは、サンプル品として市販のブラジャーとショーツを原告の店舗に持参し、注文事項を説明して、試作品(被告らのいう型見本)作成を依頼したところ、まず、九〇Cフルカップのブラジャーを先行して作ることになった。その際、試作品代の支払について被告らが尋ねたところ、原告は、まだ結構ですと答えた。原告は、右依頼を受けて、ブラジャーの試作品の作成をメーカーのマニールに発注した。〔甲二一、乙一ないし四〕

4  平成三年七月一八日、ブラジャーの試作品ができたので、翌一九日、原告は、これを被告らに原告店舗で手渡した。試作品の仕上がりは、大きさが被告福島の考えていたのより小さく、裏地がついていることなど、問題もあったが、縫製や形は被告らのほぼ満足のいくものであった。また、原告は、ブラジャー以外のものも同じ業者が製作してくれることになったと話し、被告らは、これで希望がかなえられると喜んだ。〔甲一の二、二一、乙二、三、四〕

5  平成三年七月二二日、原告宅で打合わせが行われた。被告らは、ブラジャー等のサンプル品を追加して持参し、デザイン、材質、色等について原告の妻島田眞澄(以下「眞澄」という。)と詳しく打ち合わせを行った。その結果、ブラジャーのサイズ等の手直しとキャミソール及びキュロットの試作品の作成を依頼し、ショーツについては、被告らの希望にあう生地を探してから試作品の作成に入ることとなった。また、被告らから各下着の製造の種類と枚数について、ブラジャー及びキャミソールは、各二三サイズで、各サイズ五〇枚から一〇〇枚、キュロット及びショーツは各四サイズで、各サイズ二〇〇ないし三〇〇枚程度、いずれも二色とすることなどの希望が出された。その際、今後の予定として、試作品作りに約一箇月、生産の指示が出てから納品までに約三箇月かかること、したがって、被告らの当初の開店予定が一月三日であったが、一二月始めまではかかることなどが原告側から説明された。原告は、キャミソールとキュロットの試作品の作成をマニールに、その後、ショーツの試作品の作成をメーカーのオクセンに依頼した。〔甲一の二、一の五ないし九、二一、乙一ないし四〕

6  平成三年八月一日、二度目のブラジャーの試作品ができ、翌二日、被告國府がそれを受け取り、その翌三日、被告福島に手渡して試着したところ、裏地は良くなっていたが、やはりサイズが同被告の思っていたより小さかった。そこで、同月六日、原告宅で、被告らと眞澄が打合わせをし、サンプル商品と同じサイズのものにすることや改善点を取り決め、再度試作品を作り直すこととした。〔甲一の一一及び一二、二一、乙二、三、四〕

7  平成三年八月一二日、三度目のブラジャーの試作品とキャミソール及びキュロットの試作品ができてきて、被告らに手渡された。この日、原告側から各下着の価格の概算(ブラジャー三六〇〇円、キャミソール二五〇〇円、キュロット二二〇〇円、ショーツ未定)が示され、全体の大まかな予算が出された。今回の試作品も、ブラジャーのサイズの修正ができておらず、キャミソールとキュロットについても、一般の市販品と大差なく、被告らの満足のいくものではなかった。そこで、同月二二日、原告宅で、被告ら自身の試作したキャミソール見本等を基に修正点の打合せを行った。〔甲二一、乙一ないし四〕

8  平成三年八月二六日、ショーツの試作品三点ができてきたので、被告福島に手渡された。被告らが検討した結果、やはり市販のものを大きくしただけのもので、被告らの求めるものとは異なっていたので、修正点を同年九月三日に電話で指摘した。同月一一日、キャミソールの二度目の試作品ができてきたので、被告らが原告店舗に取りに行き、ショーツの修正点を改めて口頭で説明した。その際、商品に付けるラベルのデザイン等のコピーが被告らから原告に手渡された。同日、ブラジャーの四度目の試作品ができてきたが、やはりサイズが直っていなかった。〔甲一の一六、二一、乙ないし四〕

9  平成三年九月三〇日、五度目のブラジャーの試作品ができてきたので、眞澄が被告福島宅に届けにきた。やはりサイズが小さく、被告らの満足を得るには至らなかった。そこで、原告は、同年一〇月二日、ブラジャー、キャミソール及びキュロットのメーカーをマニールからフラワーに変えて、試作品を作り直すことにした。フラワーは、ブラジャーに形状記憶合金を使用することを提案し、原告から被告福島にも伝えられた。その後、原告は合金の発注をし、被告福島もこれを了承した。〔甲一の二〇、二一、乙二、三、四〕

10  平成三年一〇月二九日、フラワーの製作した六度目のブラジャーの試作品ができあがり、眞澄が被告福島宅に届けた。まだ、被告らの満足するものではなく、手直しを打ち合わせた。〔甲二一、乙一ないし四〕

11  平成三年一〇月三一日、フラワーの作成したキュロットの試作品ができあがった。一一月一二日、フラワーの作成したキャミソールの試作品及びショーツの試作品と七度目のブラジャーの試作品ができてきた。被告らと眞澄とで打合せをし、フラワーの三点については、いずれも、手直しを前提に一応合格(ゴーサイン)とした。ショーツについては、メーカーをオクセンから菅野商会に変更して更に検討することになった。〔甲二の九ないし一一、二一、乙一ないし四〕

12  下着に使用するレースについては、既製品の中から選ぶ作業をしていたが、被告らの気に入るものはなく、結局、幅の広いチュールレースをオーダーで作成することになった。平成三年一一月二一日、レースの試作品ができあがってきたので、原告夫妻が被告福島宅に届け、被告らと打合せを行った。被告らは、レースの出来具合に満足し、これを生産することにし、原告は、そのころ、これをフラワーに発注した。〔甲二の三七、二一、乙一ないし四〕

13  平成三年一一月三〇日、八度目のブラジャーの試作品ができてきて、原告夫妻が被告福島宅に持参し、夕方七時ころから午前一時半ころまで約六時間半にわたり被告らと打合せをした。その際、下着店の開店予定日、価格等についても話し合われた。ブラジャーについては、なおカップが小さい、切込みの形を変える等の注文が被告らから出た。〔甲二の二〇、二一及び三八、二一、乙一ないし四〕

14  平成三年一二月三日、キャミソールの手直しした試作品ができあがってきたので、島田夫妻が、被告福島宅に持参し、被告らと打合せをした。被告らからは、なおカップが小さい、前身頃を広めに等の注文が出た。〔甲二の二二、二一、乙一ないし四〕

15  平成三年一二月一五日、キュロットの試作品二点ができあがってきたので、被告福島宅で打合せが行われた。レース幅の広いものと狭いものの二点が示されたが、そのうち狭い方を合格とした。〔甲二一、乙一ないし四〕

16  平成三年一二月一六日、ショーツの試作品九点ができあがってきたので、被告原告宅で打合せをした。そのうちから一点を選び、生地とゴムの風合いを良くする等の手直しをすることとした。その後、同月一八日、キャミソールの二回目の手直しをした試作品ができ、ショーツの生地見本が手に入ったので、原告宅で打合せが行われた。〔甲二の三九、二一、乙一ないし四〕

17  平成三年一二月一六日、フラワーから一二種類の形状記憶合金の型代の請求があったので、原告は、同月一九日、被告福島に型代九八万八八〇〇円を請求した。被告福島は、同月二五日、これを支払った。また、このころまでに、原告は、メーカーと打ち合わせた結果、各製品の単価を、ブラジャーは四五〇〇円、キャミソールは三八〇〇円、キュロットは三〇〇〇円と決定し、被告福島に連絡したが、ショーツについては、生地、サイズ等により異なるため、決定に至らなかった。〔甲二の二三ないし二八、二の三九、一〇、一一及び一二の各一、二、二一〕

18  平成三年一二月二六日、ブラジャー、キュロットの手直しをした試作品ができてきたので、翌二七日、被告福島宅で、原告夫妻と被告らとで打合せが行われた。ブラジャーのカップのサイズは、ようやく被告らの満足するものとなったが、カップの下の部分の緩みやホック部分のソフトゴム生地がやや甘いので、その部分を手直しすることになった。この席上、原告は、被告らに、ブラジャー四六〇〇枚、単価四五〇〇円、合計代金二〇七〇万円、キャミソール四六〇〇枚、単価三八〇〇円、合計代金一七四八万円、キュロット二〇〇〇枚、単価三〇〇〇円、合計代金六〇〇万円、総計四四一八万円、消費税一三二万五四〇〇円、税込合計四五五〇万五四〇〇円の請求書を交付した。原告は、製品の生産に入るには、代金を前払いしてもらう必要があると説明したが、被告らは、これに難色を示し、代金支払についてはなお協議することとした。(なお、原告は、同月二七日には新しい試作品は作っていないと主張しているが、甲二の四〇の同月二六日欄の記載から、同日に新たな試作品が原告に届けられたものと認められる。)〔甲二の四〇、一三、一四の一ないし三、二一、乙一ないし四〕

19  平成四年一月一〇日、ショーツの手直しした試作品が二つでき、うち一つを合格とし、洗濯テストをしてから生産に入ることと決定した。原告と被告らとの間で、暮れに請求のあった代金の支払について話し合いが持たれた。当初、被告らは、完全な型見本(販売する商品と同じもの)がまだできていないから代金を支払うことはできないと主張したが、原告は、完全な型見本は販売品の生産に入らなければ作れないので、代金先払いを求めた。結局、被告福島が、とりあえず一月中に一〇〇〇万円を支払い、原告は完全な型見本のできあがり時期を明確にする、完全な型見本はブラジャー四サイズ、キャミソール及びキュロット各一サイズを各三枚作成し、洗濯テストを行って、それに合格したら二月に一五〇〇万円を支払って、生産に入る、残金とショーツ代二六〇万円は、その後三、四月に二回に分けて支払うとの妥協案を提示した。原告も、基本的には了承したが、メーカーと相談の上、返答することになった。(原告は、この日に、被告福島の出した提案どおりに合意ができたと主張し、その旨の原告本人の供述等があるが、次項でフラワーに生産の一時中止を申し入れていることに照らして、採用し得ない。)〔甲二の四一、一六、二〇、二一、乙二、三、四〕

20  平成四年一月一二日、被告らは、原告との取引について協議し、結論として、原告との取引は取り止めることに決めた。他方、原告は、フラワーに連絡して、取り合えず生産にかかることを中止するように伝えた。翌一三日、被告らは、原告宅を訪れ、取引を中止する旨を申し入れ、それまでかかった費用の支払等の清算を申し入れた。原告は、やむを得ずこれを了承し、翌一四日、フラワーに生産の完全中止を伝えた。(被告福島本人及び被告國府本人は、一三日に原告から分割支払について返答がなかったので、原告に頼むことをやめたと供述しているが、その前日に取引中止を決めていたことは、乙二、三により明らかである。)〔甲二の四一、二一、乙二、三、四〕

21  平成四年一月二九日、原告と被告らとの間で、取引の清算について話合いが持たれた。原告からは、①試作品の作成等にかかった経費として、合計九一万四四〇〇円を支払ってほしい、②フラワーから原告に特注のレース代として七二三万〇四七六円の請求がされているので、全額を支払って被告らが引き取るか、フラワーが半額で引き取ることにして、半額を支払うかどちらかにしてほしいとの要求が出たが、その他の経費は原告が負担することも提案し、原告の労力に対する賠償等については、明確な話が出なかった。〔甲一七の一、二、二一、乙二、三、五〕

二  契約の当事者

被告側の契約当事者については、被告ら二人が常に行動をともにしていたことや、「私ども」というような表現を被告福島がしていたこと(甲六)などから、事業は二人が共同して行うものと見れなくはなく、原告からは被告らが共同して依頼しているものと見えたとしても不思議ではない。

しかしながら、被告國府は被告福島から原告店舗を初訪問する前から給料を支給されており、被告國府の交通費も被告福島が負担していた(被告福島本人、被告國府本人、乙三)ことからすると、被告福島が経営者であり被告國府は協力者と認めるのが相当であり、原告との契約当事者も被告福島であったというべきである。したがって、原告の被告國府に対する請求は、理由がない。

三  契約の成否

原告と被告福島との契約の成否及び取引中止の状況については、原告本人の供述及び証人島田眞澄の証言と被告ら各本人の供述とが大きく食い違っている。そこで、前記一において認定した事実から、契約の成否等について検討する。

前記認定によれば、①被告福島は、二三サイズのブラジャーの生産に必要な形状記憶合金の製造を承認し、型代も支払ったこと、②平成三年一一月一二日、ブラジャー、キャミソール及びキュロットについては、更に手直しをすることを前提としつつも、試作品としては一応合格(ゴーサイン)とされていたこと、また、ショーツについても、平成四年一月一〇日に完全な型見本について洗濯テストをすることを前提として、試作品としては合格とされたこと、③原告が示した請求書の単価、代金総額に被告福島からクレームが付けられたことはなく(なお、生産枚数は、被告らの予想していたよりも多い数字であったことがうかがわれるが(乙三、甲二一)、それまでの打合せで出ていた商品の種類と一つ当たりの生産枚数(前記一5参照)とからするなら、被告らの考えが安易であっただけで、原告の出した請求書記載の枚数は、打合せの範囲内であったといえる。)むしろ、総額は請求のとおりとしつつ、完全な型見本の作成と生産及び代金支払の手順に関する意見の食い違いについて折衝が行われ、被告福島が提案した分割払案を原告が承諾しさえすれば、そのとおりの支払条件で完全な型見本の製作及び洗濯テストを経て、製品の生産に入っていたと見られること、④製品の生産に必要な特注レースの製造にも着手していたこと、⑤原告は、被告福島が取引の中止を申し入れる前日に、生産の一時中止をフラワーに伝えていたが、そのことからすると、生産体制に入ることを既にフラワーに依頼しており、中止を伝えなければ、生産に入るところであったこと、などの事実がある。

これらの事実に照らせば、被告福島は、試作の段階は完了し、あとは完全な型見本を製作し、洗濯テストを行った上で、製品の生産に入る段階に来ていることを認識していたと認めるのが相当である。もっとも、試作品についてはなお手直しすべき部分が残っていたが、基本的な問題は既にクリアされており、現実の生産に入るまでに手直しすることができると見込まれていたというべきである。しかるに、本件のような紛争に発展したのは、原告が生産に入る以上、当然、代金の先払いを受けられると考えて請求書を切ったのに対して、被告福島は、製品の納入があって初めて代金を支払うつもりであったことから、その手順についての合意ができていなかったことに基づくものと考えられる。

ところで、原告と被告福島との間に締結されようとしていた契約は、原告が下着を生産する者ではなく、原告がメーカーに注文して生産してもらった下着(その契約当事者は、原告とメーカーである。)を被告に売るという関係になるのであるから、それ自体は売買契約というべきである(なお、前記認定の事実によれば、試作品の作成は、売買の前提として原告の負担においてされたものであり、その経費等は、売買代金の中で回収されることが予定されていたものと認められる。)が、本件のように契約書を作成せずに、長期間かけて試作を繰り返し、なお手直しをした上で、完全な型見本の製作及び洗濯テストを経て、生産の最終的な決定をし、生産されたものを納品するという手順を経る場合には、ある一時点で契約の成否を決するには無理があるというべきである。本件では、代金の支払時期やその条件についての合意が完全にはできておらず、売買の目的となる下着の型見本についての最終的な合否の決定も未了である点において、売買契約締結行為が完了していたかどうかに問題がないではない(通常の売買においては、代金の支払時期について合意がない場合には、売買契約がいまだ成立していないと解すべき事例が多いと考えられる。)が、試作の段階を終えて、売買の数量、代金額及び手直しの確認と洗濯テストの合格を条件に大量生産に入ることまで決定されており、特注材料等の発注もされ、その他の手配も終わっており、代金支払方法等も原告が被告福島の申入れに返答すれば決定する段階にあったのであるから、遅くとも平成四年一月一〇日の時点では、既に契約関係に入っていたと解されるのであり、被告福島は、その一方的解消を申し入れたものというべきである。

被告福島のした右契約解消の申入れは、原告の債務不履行に基づくものではなく、一方的な解除としては無効であるが、原告は、被告福島の契約解消の申入れを受けて、契約の解消をやむなく了承しているので、これにより契約関係は、合意解除されたものと認められる。しかし、前記事実経過からするなら、原告は、原告の被告福島に対する損害賠償請求権を留保しつつ、被告福島の正当な理由のない契約解消の申入れを、それ以上の損害の拡大を防ぐためやむなく了承したものというべきであり、被告福島は、右契約解消により原告が受けた損害を賠償する義務がある。

四  損害賠償額

1  得べかりし利益の喪失

原告は、本件売買契約により得べかりし利益として、一四五二万円を請求している。しかし、一応これに沿う甲三二はあるものの、原告の仕入れ予定価格を的確に認定するに足りる証拠はなく、主張の利益率にもかなり差があり、直ちに右のとおりの得べかりし利益があったものと認めることは困難である。しかも、本件においては、前述のように契約締結行為が全て完了していたとはいい難く、売買契約の履行には、なお手直しの確認と洗濯テストの合格という条件が付されていたことを考慮すると、仕入れ予定価格と被告福島への売却価格との差額の全部を相当因果関係のある得べかりし利益と認めることは、相当ではない(なお、契約不成立とした場合にも、被告福島は、いわゆる契約締結上の過失責任としての信頼利益の賠償義務を負うと考えられるが、本件では履行利益の相当部分も賠償すべきであると考えられる。)。他方、原告には得べかりし利益の喪失があることは明らかであるので、結局、本件において相当因果関係のある損害としては、前記認定の諸般の事情から被告福島への売却価格の一割(ブラジャーについては一枚四五〇円、キャミソールについては一枚三八〇円、キュロットについては一枚三〇〇円。なお、ショーツについては原告の請求額は一割に満たないので、原告の自認する一枚一〇〇円)と認めるのが相当である。そうすると、原告の得べかりし利益の喪失による損害は、四六一万八〇〇〇円となる。

2  材料代

証拠(証人島田眞澄、甲一七の一及び二、二一)によれば、原告は、フラワーに特注したレース代七二三万〇四七六円の請求を受けたこと、そのうち半額は、フラワーがレースを引き取ることにして減額してもらったことが認められる。したがって、損害額は、三六一万五二三八円と認められる。

3  結論

以上によれば、被告福島は、原告に対し、八二三万三二三八円及びこれに対する被告福島に対する訴状送達の日の翌日以降である平成四年七月三日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

(裁判官大橋寛明)

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